本学会では、昨年3月より【新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対応について】というタイトルで、刻々と変化する感染拡大状況や政府の方針に沿って、学生相談活動を適切に行っていくために参考になる情報を随時発信してきました。第5報の公開(2020.5.27)から10ヶ月余りが経過しましたが、残念ながら、コロナ禍は今も世界中で続き、高等教育現場はさまざまな制約のなかで新年度の開始を迎えています。わが国でも、今年1月に発出された緊急事態宣言は3月21日をもって全都道府県で解除されましたが、再び感染者は増加傾向にあり、全く予断を許しません。
先の「理事長メッセージ」でもお知らせしたように、そのような状況に鑑み、コロナ関連情報を発信してきた本学会の役員6名で構成する「学生相談における遠隔相談導入検討チーム」は、今年度は常任理事会の了承を得て、「コロナ禍の学生相談検討チーム」*として活動を継続することになりました。コロナ禍の影響が学生のこころの成長にどのような形で及び、また学生相談がそれに対してどのような活動を行っていけばよいのか、できるだけ具体的に、会員のみなさまが日々の実践に役立てられることを念頭に置いて、適時発信していきたいと思います。
第6報では、コロナ禍のこの1年のあいだに、各大学等で学生相談機関が中心となって展開された、特色ある取り組みを2つ取り上げて紹介します。いずれも、すでにある資源や、すでにもっているスキルを、かつてない状況下で工夫して、学生のこころのケアや成長に活用できた例です。ここから学べるのは、特別新たな何かを手に入れなくても、私たちは発想の転換によって、このようにコロナ禍の状況下で学生の役に立てるのだということです。ぜひみなさまも、すでにもっている資源やスキル、ネットワークをもう一度吟味し、自分自身が生き生きと楽しめる取り組みの可能性について、想像を広げてみてください。
*コロナ禍の学生相談検討チーム
高石恭子(甲南大学)・高野明(東京大学)・斉藤美香(札幌学院大学)・ 安住伸子(神戸女学院大学)・太田裕一(静岡大学)・岩田淳子(成蹊大学)
第6報 コロナ禍での学生相談のさまざまな取り組み その1
セラピードッグ動画配信
卜部洋子(札幌学院大学)
新型コロナウイルスの感染拡大により、北海道では昨年2月末に全国に先駆けて独自の緊急事態宣言が発令され、長期間に渡る遠隔授業や行事の縮小がされました。キャンパスライフを満喫できずにいた学生も沢山いたと思います。
本学の学生相談室のユニークな活動のひとつとして、多くの学生が学生相談室を利用するきっかけづくりを目的とし、月に1回、昼休みに「セラピードッグとのふれ合い」を開催しています。毎回、沢山の学生がセラピードッグの『エース』とふれ合い、温かさや癒しを感じながら語り、コミュニケーションの場にもなっていましたが、コロナ禍の影響で、この1年、残念ながら開催できていません。
新型コロナウイルスの感染拡大で外出を自粛する動きが広がるなか、人とのコミュニケーションが不足し孤独感やストレスを感じる学生が増えていました。本学も学生の入構制限に伴い、電話やTeamsによる遠隔ビデオ相談を開始するようになりました。学生同士の居場所だった「ランチカフェテリア」も「オンラインランチカフェテリア」へ変更になりました。
その状況の中、学生から「セラピードッグのエースに会いたい」「エースは元気にしているの?」「エースを見たい」等の声が聞かれました。
何か方法はないか模索する中、Amazonの「あかちゃん」と「たてがみをつけた犬」のCMを視て、とても癒され感動したことを思い出しました。そのCMにヒントを得て、画像を通してセラピードッグの温かさが伝わるかも知れないと思いました。そこで、セラピードッグのエースがドッグランで元気に駆け回り、自然に過ごしている様子を動画で撮り、広報課の協力のもと、本学のYouTubeにあげることになりました。セリフは入れないで、視ている学生が自由に想像して欲しいと思いました。こちらの動画をアップしてから「かわいい」「心がなごむ」等の感想が聞かれ、セラピードッグのふれ合いは実際にできなくても、画像を通して心に響いたのではないかと思います。教職員にとってもほっとする時間だったようです。
~セラピードッグ導入について~
学生相談室の利用について、増えてきているものの、学業や対人関係で悩み、誰にも相談できずに、長期欠席している学生が少なくないです。そこで、学生相談室を気軽に利用しやすいように、セラピードックとふれ合う機会を考えました。
セラピードッグについて、海外ではアメリカの大学のキャンパスでセラピードッグのふれ合いが紹介されるようになりました。本学の学生相談室で「セラピードッグ」の導入は国内では初めての試みです。
セラピードッグのふれ合いは、2017年から開催しています。毎回、100人以上の学生がセラピードッグにふれ合いに来ています。学生の呼びかけにエースは学生を見て、大きく尻尾を振って大喜びです。エースと触れ合いながら「温かい」「ぬくもりを感じる」「可愛い」「癒される」等、セラピードッグから伝わってくる体温や感触を感じているようです。また、1人暮らしの学生は実家を思い出し、その際、飼っていた犬のこと、大切なペットが他界し悲しさや懐かしさを伝えたこと、友人やバイト先の人間関係で悩んでいること、就活のことで将来、心配なこと等、自然に語りあうなか、学生相談室につながることもありました。さらに留学生や教職員にとっても触れ合う機会になりました。
~セラピードッグの『エース』について~
北海道盲導犬協会の出身で盲導犬のトレーニングを受けていました。しかし、盲導犬としては不適合となり、キャリアチェンジ犬になりました。その後、北海道ボランティドッグ会の「セラピードッグ認定試験」に合格し、本学の他に、医療、福祉、教育機関等でボランティア活動を行っています。セラピードッグは特別な訓練を受けているので、吠えたり噛んだりすることはありません。
セラピードッグ(アニマルセラピー)とは、患者の治療に動物が参加することで、心と体のみならず社会的機能を回復させようという試みのことです。国際的には「Animal Assisted Therapy」(動物介在療法= 以下AAT)とも呼ばれて医療行為の一種としてもみなされています。徐々にAATが医療や福祉機関に浸透し、生理的効果、心理的効果及び社会的効果が実証されるようになり心理療法の補助的な役割として紹介されるようになってきました。
今、人々は新型コロナウイルスがもたらす心理的影響に悩まされています。セラピードッグは、人間の心理状態を読み取り、共に寄り添い、心身のケアをしてくれる特別な訓練を受けた犬です。
コロナが収束し、キャンパスでセラピードッグのふれ合いが再開する日が待ち遠しいです。今は画面越しのセラピードッグを視て、エースのパワーと人間への深い愛情を感じつつ、少しでも学生の心に届くことを期待したいと思います。セラピードッグの画像を視て、微笑みがこぼれていき、癒されていく様子が伝わると良いと思います。下記リンク(Youtube)からご覧いただけます。
札幌学院大学 学生相談室セラピードッグ エースVol.1
札幌学院大学 学生相談室 セラピードッグ エースVol.2
インターネットを活用した新入生の初期不安に対応するアプローチ
太田 裕一(静岡大学)
学生相談以外の私の専門の一つにグループ療法がありますが、グループセラピーを行うときはグループに対する初期不安(「周りは知らない人ばかりで、何か嫌なことをいわれるのではないか・・・」など)の扱いが重要になってきます。最初にグループが安全な場所にならなければ、よい体験を得ることは難しいでしょう。大学の新入生も入学によって大きな環境の変化が生じます。学部・学科ガイダンスに出ればわかるような些細な心配を新入生がSNS上につぶやいているのをよく見かけますね。こうした初期不安に応じて安心して相談にのれる学生相談室の存在をアピールするためには、学生相談の広報はなるべく早期から行うことが望ましいです。特に新型コロナウイルス対応で通常の学生生活が送れなくなっている現在ではなおさらです。静岡大学浜松キャンパスでは例年、新入生は入学式の直後(学部ガイダンスよりも前)に学生相談室と修学サポート室(障害学生支援室)の40分間のガイダンスを行っていました。健康診断と組み合わせているため、名前こそ「精神保健ガイダンス」となっていますが、実質的には学生相談と障害学生支援の案内です。内容的には学生相談室と障害学生支援室の宣伝を、2日に分けて合計8回、約800人を対象に行なっています。カウンセラーと障害学生支援コーディネーターが講義をしますが、内容はパワーポイント+人工音声(CeVIO Creative Studio 7:オンライン講義用は2021年度末まで無料ライセンス取得可能)で作った動画を視聴してもらいます。入室と同時に相談申し込み用アドレスをスマホに登録してもらって学生相談の練習と称して「大学生活で心配なこと、不安なこと」をメールでカウンセラーに送ってもらい、その日のうちに返信するという形式を取っていました。残念ながら新型コロナウィルス流行によって昨年の精神保健ガイダンスは中止になってしまいました。代替手段として新入生には相談練習のメールを送るようにと一斉メールを送りました。カウンセラーが対面して指示するのではないため、学生の返信率は例年より下がってしまいました。そこでさらなる学生との双方向的なコンタクトの手段として、Microsoft Teamsによるチャットによる宣伝を導入しました。本学は Microsoft と包括契約を行っているので、Microsoft Office は無料でインストールすることができ、コミュニケーションソフトウェアである Teams も講義等でよく使われています。加えて Office のアカウント名は姓+名+年度@shizuoka.ac.jp という形式なので、個人名とアカウント名が一致します。他のSNSやコミュニケーションツールのように、アカウント名が匿名化されて誰かがわからないということが起こりません。学務情報システムで得た新入生全員の名前をTeamsのリストに追加していき、一人一人にチャットによる相談室案内をコピペしつつ送りました。チャットのよいところは双方向性があるところで、返信してくれる学生やそこから窮状を訴えて相談につながった事例もありました。また一度登録してしまえば記録が残るため、在学する間は連絡に使うことができ、いったん終了したケースのフォローアップにも使いやすいというようなメリットがあります。
そして2021年度さらに早く広報するにはどうしたらよいかということで考え出したのが twitter のハッシュタグによる広報です。twitter は短文SNSですが、本文に例えば 「#春から静大」 というような#で始まる言葉(ハッシュタグ)を入れてつぶやくと、このハッシュタグを含むつぶやきをすべて抽出することができます。「#春から~大 」というのは新入生が入学前に同じ大学、学科の友人を使うために利用するハッシュタグです。こうしたツィートに対して静岡大学学生相談室&修学サポート室のアカウント(@gakuseisodan twitter初期に押さえておきました)から「いいね」を押すと相手の通知欄にこちらのアカウントのアイコンが表示され、それをクリックすると相談室のつぶやきが表示されるようになっています。同じことを考える人は多いようでちょうど3月9日 Yahoo! Newsに『「#春から○○大」に注意、大学の新入生を狙うカルト・悪徳商法の可能性も…既に被害が出て上智大が警告』という記事が掲載され、カルト宗教勧誘にもこのタグが利用されているとことを知りました。そこでトップツィートに注意喚起のメッセージを固定しておきました。実際「#春から~」のタグを見てみると、ウェブ上の記事から写真をおそらく無断転載し、活動内容が不明瞭なのに予算はなぜか潤沢というような怪しいサークルの勧誘が散見されました。アカウントをフォローする学生に対してはフォローを返しています。またtwitter上で匿名で質問を受けて、返信することができるウェブサーヴィス、 peing.net を活用して、学生から届いた質問に答えています。届いた質問は「クラスはいつわかりますか」「履修案内が届かないのですが」などの些細な初期不安を表すものです。こうした質問に答えていくことが学生相談室の敷居を下げることにつながるでしょう。質問に答える際には重要なのは、あまり丁寧に答えすぎずわからないことはわからないと率直に答え、学生にも応分の責任を負わせることです。
2021年度の精神保健ガイダンスは感染対策を行いつつ対面で実施しました。オンラインでの活動は制約が多いものですが、それによって新しい視野が開けるというメリットもあります。これからも学生に学生相談の存在感を示すような広報のアプローチを模索していければと思います。