ワールドカップ2014に見る学生相談 〜「柔軟な信念」と「公約数の最大化」を指針として〜
日本学生相談学会理事長 齋藤憲司
そろそろ前期も締めくくりに入る時期、学生相談にかかわるみなさま、お元気でお過ごしでしょうか。5月に神奈川大学で開催していただいた第32回大会•総会も充実した内容で幕を閉じ、第9期執行部も順調に2年目の業務に取りかかっています。準備委員会の先生方にこころより感謝申し上げますとともに、ご協力•ご参加くださったみなさまとともに大会の成功を喜びたいと思います。
本来でしたら、大会終了後すぐに、理事長あいさつを本Webに掲載するつもりだったのですが、ご存じのように今年の6月〜7月はワールドカップ一色に、その感動と興奮と失意にまぎれて、予定が予定どおりにこなせなくなっておりました。思い起こせば、2年目最初の常任理事会(6月14日)は「日本—コートジボアール」戦の前日で、アフターセッションではスペインがオランダに大敗したことを受けて「今回はサプライズもありうる!」「もし日本代表がベスト4に進めたら、次回の常任理事会で私たちも大きな夢を語り合おう!」と言い合って帰路についたのでした。結果はわたしたちの期待と大きく食い違い、誰もが自分を立て直すことに苦心する状況となってしまいました。さまざまな論評が各方面から出されていますが、「自分たちのサッカー」がなぜできなかったか、心身のコンデションはどうだったのか、圧倒的なエースが登場するとここまで萎縮してしまうものか‥、「日本サッカーの日本化」を放棄したかようなパワープレイに唖然としつつ、2006年のドイツ大会とほぼ同様の結末を見守るしかない時間が過ぎていきました。その後もワールドカップはおどろきの連続で、次の常任理事会(7月12日)では「ブラジルでも一度崩れると立て直せないんだ‥」と日本のみならずほかのすべてのチームの敗退の悲しみを洗い流してしまうような展開にほろ苦い想いを共有しておりました。
ブラジルの選手も日本代表の選手も、涙を流しながら国民に謝罪のことばを述べていましたが、その真摯さに胸を打たれつつ、「あやまらきゃいけないことではないですよ」「あなたたちの姿は、わたしたち自身でもあるのですから」という気持ちが湧いてくるのを感じていました。ここまでの期待を抱かせてくれるほどに、チームは、そして各選手は、この4年間で信じがたいほどの努力とみごとなパフォーマンスをしばしば見せてくれていましたから。短期決戦のこわさを感じるとともに、積み重ねてきた重みと本質を見失わないようにしたいなと思っています。すべてを失ってしまった訳ではないのですから、また歩み始めることがきっとできるだろうと思います。
そんな想いになることができたのは、1つには勤務校のピアサポーターやボランティアグループの学生たちと懇談していたことがきっかけでした。元気がないひとを見ると「ワールドカップのせいだな‥」とつい思ってしまっていたのですが、話し込んでいくうちに「そうかー!君たちはものごころついた時から、日本代表がワールドカップに出場していたんだね!」というあたりまえの事実に気がつきました。私たちの世代では、この大会は夢のまた夢、応援するチームはそのたびに代わり、あこがれの選手は各国のスーパースターをはしごするばかり、「私たちの代表」を応援できる機会は未来永劫に訪れないような気分でいました。それだけに、ここまで本気で悔しがれることのしあわせを噛みしめなくては‥と思い至った次第でした。
さて、学生相談ですね。言うまでもないことですが、わたしたちカウンセラーは、あるいは学生支援に従事する教職員は、学生ひとりひとりのこころに寄り添い、未来が開けてこないように思われてしまう状況のなかでも、きっと青空が見えるときがくると信じて、ともに歩みを続けていきます。若い学生のみなさんの葛藤と逡巡と脱線と、そして夢と希望と足跡を、たいせつに見守っていきたいと思います。「動くにうごけない‥」「これだけ苦労をかさねたのに‥」とため息をつく若いひとたちの、まだかたちにならないプロセスをみつめる証人でありたいと思います。
すこし話を広げると、「学生相談の歴史」自体がそのようなものであったかもしれません(齋藤2010)。学生相談に関与してこられた諸先輩方のご苦労にもかかわらず、学生相談の体制•人員•予算は苦しいままの状況が続いています。ゆるやかではあってもなんとか充実化を進めている大学と、昨今の諸状況ゆえむしろ縮小に向かっているのではと危惧される大学等に二極化しつつある状況が心配され(早坂他,2013)、「学生相談はもう整備されている」という見方があると聞いたときには、ただおどろくばかりでした。全国の大学•短大•高専等でご尽力くださっている無数の方々の確かな/そして密やかなご努力で、かろうじて活動が成立しているというのが実際のところではないかと感じています。(個人的な体験で恐縮ですが、英米の大学のカウンセリングセンターを訪問した際に、当方の仕事量をお話しすると先方のカウンセラーの先生に「あなたはNo!というコトバを覚えなさい」と諭されたものでした。)
その一方で、時代はたしかに変わっていきます。私たちもていねいな個別カウンセリングを中心に据えることは不変であっても、新たなアプローチ、気兼ねない連携•恊働、より最適化されたシステムづくりに、今後とも寄与していくことが望まれるでしょう。その際に必要なことは、変わらぬ「信念」と多数の意見をまとめた「公約数」になるだろうかと想いを致しています。ただし、それは状況に合わせた「柔軟な信念」であり、そして小さくまとまるのではなく「最大化された公約数」でありたいとも思います。「自分たちのサッカー」に縛られて、想定外のことが起きると本来のちからを発揮できないという事態は避けなくてはいけませんし、これからもたゆまなく「学生相談の日本的学生相談化」を推し進めていくことを、しっかりとこころに留めておきたいと思います。
そのための一助として、今期1年目には『学生の自殺防止のためのガイドライン』を作成•発刊することができました。まず私たちの出発点として「いのちを守る」ことを明確に提示させていただきました。特別委員会と常任理事会の並々ならぬ熱意と集中的作業で一気に仕上げた相当な労作ですので、ぜひ各方面でご活用いただければと思います。
また、現在、障害のある学生に対する合理的配慮のための体制整備が急がれています。学生相談はまさに個々人のニーズから始めるユニバーサルデザインの理念と合致しますし、特に発達障害と称される特性のある学生たちへの個別サポートとネットワークづくりにはすでに相応の積み重ねがありますので、積極的に実践と施策と体制づくりにコミットしていく必要を感じています。
一方、ようやくまとまりつつある国資格「公認心理師」の成立に向けても、心理職が多数を占める学会として賛同•協力しており、まさに公約数が活かされるよう、そしてカウンセラーが少しでも足場を固めて学生相談に取り組めるようにと願っております。もちろん本学会の「大学カウンセラー」および「学生支援士」資格がもっとも大学等の現場に適したものとして位置づけられますから、取得者ならびに取得希望者の資質向上に役立つべく、今後とも努力をかさねていく所存です。
夏には「学生相談セミナー」、そして秋には「第52回全国学生相談研修会」が開催されます。ちょうど後者の参加者募集の〆切が近づいておりますので、学びと交流のまたとない機会として奮ってご活用いただければと思います。
そして、最後にひとこと、総会でも申し上げましたように、消費税アップ等により諸経費の支出増が見込まれ、単年度あたりでは赤字になることが予想されていますが、事前予告なしの値上げは極力避けるという方針のもと、年会費、全国研参加費、セミナー参加費、資格関連の費用等、すべて据え置くことに致しました。本学会の運営と企画は、常任理事•理事•各委員会協力委員等の方々の、ボランタリーなご厚意でなりたっており、その諸活動が停滞しないように勘案しつつ、精一杯の倹約に務めていくことになります。そのうえで、おそらくはそれでも次年度には値上げを提案させていただく可能性が高いということをご承知置き頂ければと存じます。なにとぞご理解のほどよろしくおねがいいたします。
今回も長々と失礼いたしました。学生のみなさんの成長の歩みと柔らかい感性に追いついていけるよう、いつもフレッシュなわたしたち/みなさまでありますことを祈念しつつ、夏のごあいさつと指針表明に代えさせていただきます。11月に東京国際フォーラムでお会いできますよう。
〜2014年7月23日:梅雨明けの翌日に〜
<文献>
早坂浩志•佐藤純•奥野光•阿部千香子 2013 「2012年度学生相談機関に関する調査報告」 『学生相談研究』, 33(3), 298-320
齋藤憲司 2010 「学生相談の理念と歴史」:日本学生相談学会50周年記念誌編集委員会(編) 『学生相談ハンドブック』(学苑社)pp.10-29 所収
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<理事長動向(2014年1月〜6月)>
〜本学会の行事や会議に加えて、全国的な行事•企画等に本学会の公的な立場を表明して関わったものも記します。〜
1月6日:御用始め。本web原稿『学生相談の2014年〜「ちゃんぷる」から「ハートカクテル」への旅路〜』を執筆。
1月10日:日本学生相談学会第32回大会の研究発表申込〆切。おおあわてで論文集原稿に着手
1月22日〜24日:第47回全国学生相談研究会議おごとシンポジウム(本学会の諸活動を紹介)
2月8日:奨励賞選考委員会(若手中堅のみなさんの論考と実践を熟読させていただきました)
「学生の自殺防止のためのガイドライン」検討会議(集中的な意見交換、おおよその枠組がまとまる)
第7回常任理事会(年度のまとめに向けて、関連領域と各業務を見渡しながら)
〜この日はたいへんな大雪に。各常任理事はかろうじて大岡山を脱出〜
2月9日:臨床心理士会定例研修Ⅱ(大阪)にて基調講演〜大雪からなんとか前泊宿に到着して
「大学生への心理支援-学生相談の理念と実際―」
2月18日:東京都ひきこもりサポートネット活動報告会にて講演(お茶の水女子大学)
「ひきこもり支援/不登校学生の現状と対応を考える-学生相談の経験から-」
2月23日:「大学カウンセラー」及び「学生支援士」面接試験(同:資格認定委員会)
〜認定委員会のこまやかな準備のもと、学生相談と学生支援への熱い思いを共有〜
2月26日:第51回全国学生相談研修会 反省会(専修大学):今回も高い評価を頂いて安堵!
2月28日〜3月1日:第38回学生相談セミナー「学生の自殺を防ぐために」(立教大学)
〜研修委員会のアレンジのもと、重みのある講演と各大学の実践交流で学び合い〜
3月23日:本学会の平成25年度決算および平成26年度予算についてとりまとめ(事務局)
〜前日からこまかい作業を丁寧に進めてくれた会計委員会&事務局に感謝です〜
3月25日:第52回全国学生相談研修会 第1回準備委員会(東工大):いよいよスタート!
3月29日:「学生の自殺防止のためのガイドライン」検討会議(集中的に加筆修正、ほぼ完成校へ)
第8回常任理事会(年度を締めくくるべく、多様な案件を着実に審議)
4月10日:第52回全国学生相談研修会 第2回準備委員会
〜特別講演:姜尚中先生ご快諾の報に湧く!分科会の原案を一気に取りまとめ〜
4月12日:第1回常任理事会(1年間の活動を総括して次年度へ向かう審議の数々、長時間!)
4月13日:決算監査(事務局)〜膨大な資料をチェックしてくださった監事の先生方に感謝!
4月18日:第52回全国学生相談研修会 第3回準備委員会
〜小講義も含めほぼプログラム完成。日々メールも飛び交い、集中的•建設的審議!〜
4月25日:「学生の自殺防止のためのガイドライン」発刊•配送開始
〜直前まで加筆修正メールが飛び交う!迅速対応の特別委員会に感謝しつつ〜
5月17日〜19日:日本学生相談学会第32回大会(神奈川大学)〜お天気にも恵まれて〜
(1日目)ワークショップの豪華なラインナップの中、震災復興支援の継続を思う。
(2日目)理事会にて密度濃く審議。自身の研究発表にはじけ、仲間の実践発表に涙。
シンポでは学長先生&学生さんたちの震災ボランティアに感動。懇親会マイク。
(3日目)午前シンポは凛々しい発表者に拍手。総会で2年目の方針が承認され、安堵。
午後シンポでは「学生の自殺防止のためのガイドライン」をもとにいのちを守るための意識を共有。
6月14日:第2回常任理事会(総会での承認事項をもとに、各委員長が張り切る!)
(6月15日:ワールドカップ2014「日本代表―コートジボアール」戦で涙に暮れる‥。)
〜なお、各委員会の活動内容と、本学会に係る審議事項は、「学生相談研究」に議事要録が記載されていますので、ぜひご覧になってください。また、主要行事や重要な連絡事項は「学生相談ニュース」を確認くださいませ。理事長が直接には関わらないかたちでも、実にたくさんの業務が各委員会で進められています。さらに心理学諸学会連合や心理資格に係る全国的な諸会議には、関東地区の常任理事の方々に手分けしての出席を依頼しており、国会上程を迎えてまさに佳境にさしかかっています。)