学生相談、2015年の新しい海へ
〜日々刻む、今日までそして明日から〜
日本学生相談学会理事長 齋藤憲司
学生相談ならびに高等教育に関わるみなさま、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
時の流れは一定のはずなのですが、この時期はなにか特別な緩急があるような気がします。1年という区切りを設けることで過去と未来を見渡すものさしを作り直し、気持ちをリセットできる効用もあるのかなと思います。本年もまた、全国の各校•各キャンパスで学び育っていこうとする若者たちの姿に励まされながら、私たち教職員も常にフレッシュな存在でありたいものだと願っています。
さて、多くの大学等で教育や経営に係る改革が進行し、どなたもがルーティン•ワークに留まっていられない状況が続いているのではないかと拝察いたします。これまでに築き上げてきた仕事の流儀と作法を尊重しつつも、状況と環境に合わせて日々の活動を微調整することが求められ、時には組織的な改編も視野に入れていくことになる。カウンセリングはこころの最も繊細な部分にチューニングして行なわれる営みですから、改革や変化が荒波に変貌するように感じられる時には、面接室は一種のシェルターのような役割を果たすでしょうか。あるいは、潮流を見極めて柔軟に舵を切る、決して特定の方向に流されない定点観測船のような存在を目指すことになるでしょうか。
冬休みが明けるとすぐに、年度末のまとめ作業を進める繁忙期の1〜3月へ突入し、卒業生を送り出したと思ったら息つく間もなく新入生を迎える4月へ、そんなあわただしい数ヶ月になるかと思いますが、その先に予定されている、5月の第33回大会が学生相談•学生支援に従事する私たちにとっての灯台であり、かつ港になってくれるといいなと願います。
2回目の開催をお引き受け頂いた広島修道大学および広島地区のみなさまにはお礼の言葉もありませんが、個人的にはもう1つ(昨年の神奈川大学は「ハートカクテル」でしたね)、我が国のフオークソングをメジャーな次元に引き上げた吉田拓郎氏の母校であり、氏が在学中に作詩作曲された『今日までそして明日から』の歌碑がキャンパスに建立されているとのニュースに触れて、訪問できることを楽しみにしています。ちょうど中学1年生になった頃、ラジオで流れる拓郎氏の半ば叫ぶような唄声にはなんとも言えない疾走感があって、中途半端な優等生の枠にはまっていた自分を解放してくれるような気がしたものでした。居ても立ってもいられずに、財布や机の引出しから10円玉どころか5円玉や1円玉まで総動員してレコード屋へ向かい、ファーストアルバムとセカンドアルバムをドキドキしながら買い求めたことを今でもよく覚えています。今にして思うと“私は今日まで生きてみました‥時には誰かのちからを借りて‥時には誰かに裏切られて‥”などと言うフレーズがどうやったら学生期に書けるのだろうと驚くばかりですが、当時の拓郎氏には、ある音楽評論家に“乾ききった砂地に太いホースで水を撒くように、いつかその砂地を水で満たしてくれるに違いない”(筆者の記憶に基づく要約)と言わしめたほどのほとばしる想いがあったのだと思います。
拓郎氏の初期の代表曲である『イメージの詩』の中には、広島フォーク村のアルバムタイトルにもなった「古い船をいま動かせるのは、古い水夫じゃないだろう」という有名なフレーズがあります。“なぜなら古い船も新しい船のように新しい海へ出る”がゆえに、古い船を操るのも新しい水夫であるべきだろうというストーリーが綴られており、若者の夢と希望、そして葛藤や挫折の予感が散りばめられた奔放な歌詩は、まだ何者でもなかった思春期のこころを強烈に揺さぶるメッセージ性を持っていました。そこでは“古い水夫は知っているのさ、新しい海の恐さを”と年長者には潔いリタイアを迫るようなフレーズも記されているのですが、そこでふと、学生相談と学生支援をめぐる状況に重ね合わせてみたくなりました。
曰く「学生相談は古い船だろうか?」という問題設定になる訳ですが、先に答えを記してしまえば、本質から考えれば断固としてNo!である、ということになるでしょうか。昨今の状況では、新規性のある企画や活動に注目が集まり、予算も導入されやすいという潮流がどの領域でも生じているように思います。でも言うまでもなく、大切なものはいつの時代も大切なはずですし、本質的なものはにわかには変質しないものだろうと思います。また、そう信じられなければ教育も相談も支援も成り立たないことになってしまいます。対話こそが教育そのものであったことはソクラテスの時代から不変なのですし、われわれの領域で言えば戦後導入されたSPS(厚生補導/学生助育)による個別対応の重要性を説く理念に立ち戻りつつ、揺るぎないスタイルを堅持していきたいものだと思います。そのうえで現場で出会う学生とキャンパスのニーズに応じて、より適切な対話と活動をいかに提供していけるかに学生相談はこころを砕いてきたのだと言ってよいでしょう。常に刷新を恐れず、同時に、決して本質を見失わない、そんな船を造り上げ、学生たちとともに2015年の新しい海へと漕ぎ出していければ‥、そんなイメージが湧いてきました。引き継いできた伝統に青年期心性をブレンドしつつ、自らのキャリアと専門性を磨きあげていこうとする、言わば“ベテランの新しい水夫”になっていきたいのだということになるでしょうか。私たちの日々は、“新たな出会い”の連続であり、集積なのですから。
今期の役員一同の任期も折り返し点を越え、さらに活動の充実期を迎えようとしています。常任理事会および理事会で審議すべき方針と施策案の数々、そして具体と実務にあたる9つの委員会と事務局の膨大な作業量には、時に目眩がするほどですが、それらはすべて、学生相談•学生支援の現場で苦労を重ねている会員および関係者のみなさまのお役に少しでも立てるようにという各担当者の熱意の現われでもあります。これらの作業と想いのすべては、5月に広島にて開催される第33回大会に集約されていくことになります。今期のアクションを象徴するものとして、既に昨年には『学生の自殺防止のためのガイドライン』を発刊しておりますが、新年上半期には焦眉の課題となっている障害学生支援の整備に鑑みて、“発達障害のある学生のための/学生相談の立場からの”指針と提言をまとめるべく、急ピッチで作業を進めています。
全国各地どこからでも見える灯台があり、それぞれのフィールドでの苦労を持ち寄って、第33回大会という大きな港で再会できますよう。もちろん、各地域ごとにも日常的に集える港が整備されつつあることもうかがっています(『学生相談ニュース』no.108(2014年12月発行)の「地区だより」をご参照ください)。帰る場所と旅立つ勇気を併せ持って、2015年の学生相談は進んでいきます。
=2015年(平成27年)1月5日:御用始めの日に=
<資料>
吉田拓郎 1970 1st.アルバム『青春の詩』(エレックレコード)〜「今日までそして明日から」ならびに「イメージの詩」所収〜
吉田拓郎 1971 2nd.アルバム『よしだたくろう オン・ステージ ともだち』(エレックレコード) 〜ライブ盤「イメージの詩」所収〜
広島フォーク村 1970 『古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう』(エレックレコード)
<理事長動向(2014年(平成26年)7月〜12月)>
〜本学会の行事や会議に加えて、全国的な行事•企画等に本学会での公的な立場を表明して関わったものも記します。〜
6月〜7月:第52回全国学生相談研修会の要項を全国の各大学等に送付、受付作業が進行(事務局)
7月12日:第3回常任理事会(第32回大会(神奈川大学)の成果をもとに活動が本格化)
8月8日〜9日:第39回学生相談セミナー(研修委員会の企画をもとに相談事例と現場体験から多くを学び合う。今年も夜はビーチボールバレーではじけました)
(8月:東日本大震災復興•相互支援のおたよりを当該地区の会員のみなさまに、理事長名で発送。さっそくいくつかのご依頼をいただき、対応が始まる。)
(8月:「学生相談ニュース」No.107発行、第32回大会の報告をされた準備委員長の記事にて、学長先生が“学生相談学会の発表ややりとりから学ぶべきことが沢山ある”とご発言くださったことを知り、感激の思い)
8月23日:日本心理臨床学会第33回秋季大会の自主シンポジウムに今回も指定等論者として登壇(学生相談機関が大学コミュニティに対して果たす貢献のあり方と可能性について、若手•中堅の方々の課題意識をもとに)、なお、翌日の自殺対策に係るシンポに『学生の自殺防止のためのガイドライン』作成の中核を担った特別委員長が登壇も、自身の論文作成のため参加できず。
(8月〜12月:前々期の成果である『学生相談ハンドブック』(学苑社,2010)が好評で初版がほぼ完売とのこと、重版決定の報に編集幹事の一員として感慨無量。重版作業を進める)
9月6日:第4回常任理事会(継続活動の充実に伴う発展的な審議と意見交換)/喫緊課題ガイドライン委員会(特別委員会を中心に、発達障害学生の支援のための提案を行っていくコンセプト固まる)/会計委員会と事務局の合同会議(昨今の社会状況と学会の活動活性化に伴う予算方策を検討)
10月4日:第5回常任理事会/第52回全国学生相談研修会講師打ち合わせ会(学会の諸活動と研修会の開催が連動していることを実感しつつ、全国から事前準備に集ってくださった先生方に感謝!)
10月17日:第52回全国学生相談研修会の第4回準備委員会(当日をイメージして詳細をツメる。熟練となった準備委員の先生方が頼もしいかぎり)
11月5日:第52回全国学生相談研修会の会場打ち合わせ(会計委員長、事務局とともに。フォーラムの方々ともすっかり懇意に。一方で例年の懇親会場が取り壊しで今回限りと判明してしんみり)
11月30日〜12月2日:第52回全国学生相談研修会(前泊して準備に専念。当日は講師陣の分科会や小講義を安心して見守っている。実際、600名規模の研修会が大過なく好評のうちに終了。特別講演:姜尚中先生が学生相談について熟知のうえお話下さったことに感激、漱石の「こころ」を読まない学生たちへのアプローチに思いを馳せる。理事会を開催して任期の折り返し点を確認)
12月13日:第6回常任理事会(理事会の成果をもとにさらなる活動展開へ)/喫緊課題ガイドライン委員会(障害学生支援の動向を踏まえつつ、発達障害学生への支援に焦点化して)
12月14日:大学カウンセラー資格認定委員会/学生支援士資格認定委員会(資格認定委員会のご尽力により2つの資格が並び立つことの意義と、ともに育ち合っていこうとする基本姿勢を再確認)
(11月〜12月:衆議院解散に伴い「公認心理士法案」が廃案となり、こころを痛めつつ、学会として賛同の方向を維持しつつ動向を見守る)
〜上記以外にも、本学会としての活動は多岐に及びますので、「学生相談研究」掲載の議事要録や「学生相談ニュース」の紹介記事をぜひご参照ください。〜