理事長メッセージ2023.4.1
巣ごもりから飛び立つとき
理事長 高石恭子(甲南大学)
多くのキャンパスで、今年の春は賑やかな卒業式が執り行われました。周囲を気遣いながらも、マスクを外して仲間と記念撮影し、笑顔でさざめく学生たちの姿を眺めていると、長かったコロナ禍の生活に、ようやく終わりが近づいたことを実感します。
政府は、3月13日からマスクの着用を個人の判断に委ね、5月8日に新型コロナウイルス感染症の扱いを2類から5類に引き下げる方針を決めました。それに伴い、ほとんどの大学でも活動制限が撤廃され、新年度はコロナ前と同様の基準で授業や課外活動が再開される予定となっていることと思います。このメッセージを読んでくださっているみなさまは、どんな気持ちでこの節目を受け止めていらっしゃるでしょうか。
卒業式から入学式までの短い狭間、今、キャンパスでは着々とコロナ後の様式に向かう準備が進められています。ソーシャルディスタンスを維持するために教室内の机や椅子に貼られていた指示が剥がされ、食堂や事務室からアクリル板が片付けられ、各所に設置されていた体温の測定器や消毒液が姿を消していくさまを目の当たりにして、私が抱くのは単純な喜びや解放感ではなく、もっと複雑な感覚です。それは、こころの病に陥り、つらい症状と闘っていた人が回復して新たな自分に再生していくときに抱くのと似た、寂しさや喪失感の入り交じった感情だと言ってもよいかもしれません。
個人も社会も、回復して新たなあり方に移行するということは、慣れ親しんだ過去のあり方を手放し、喪失することを同時に含んでいます。マスクを外すという変化への反応に象徴されるように、つらく不本意でも3年間のうちに慣れ親しんだ「コロナ禍の自分」を失う不安や寂しさを覚えるのは自然なことです。私たち学生相談に携わる者は、そんな感情のひだにも感受性を保っておきたいと思います。
そして、これからの学生相談において、とりわけ意識しておく必要があるのは、長い巣ごもりから飛び立つ若者が広い外界で遭遇するさまざまな危険についてです。新年度の4回生以下は、コロナ禍で入学し、それ以前にはあったキャンパスでの社会の疑似体験(多様な人間関係の構築や、困難に出会ったときの対処方法の学習など)がほとんどできていません。また、新入生は高校3年間をコロナ禍で過ごしてきた世代であり、学生生活に必要な自立の準備が整わない状態で成人としてキャンパスライフに突入します。これらの学生にとって、成長のために必要な困難の経験という範囲を超え、カルトの勧誘に無防備に応じたり、さまざまな犯罪被害に遭ってしまったりするリスクが高まっていることは間違いありません。
人間形成教育を担う学生相談の立場からは、学生が不要な傷つきを負うことのないよう、大学や学生に対してメッセージを積極的に発信する活動が求められているのではないでしょうか。学生相談の専門性は、個別の心理的課題に対応するだけでなく、時代社会の状況を俯瞰しつつ少し先に起きることを見立て、大学環境や学生全体にはたらきかける影響力のなかにあるはずです。大震災のときと同様、コロナ禍の経験は、その力を私たちが鍛える貴重な機会なのだと思います。
さて、本学会の一般社団法人としての出発をご報告してからちょうど1年が経ちました。法人第1期の役員体制もあと少しで終わりを迎えます。活動の具体的な総括については、4月発行予定の「学生相談ニュース」に掲載しますのでご覧ください。
任意団体の役員第11期から引き続き、この4年間同じメンバーで本学会の運営に努めてまいりましたが、最初に掲げた3つのミッション(1.時代に即応した情報発信力・社会貢献力の強化、2.ニーズに対応した学会活動の内容と実施方法の見直し、3.近未来の本学会にふさわしい組織体制の検討)については、コロナ禍で必要に迫られたことも促進要因となり、おおむね達成できたのではないかと思います。すでに法人化後最初の代議員選挙が終わり、次期役員体制も固まりつつあります。その特徴は、若い世代への交替と、国際的な視野で活動できるメンバーの強化です。
5月の第41回大会では、在米の講師によるワークショップ(オンライン)や、AUCCCD(Association for University and College Counseling Center Directors)の新旧会長による来賓講演が予定されています。学生相談は、歴史的にはアメリカの高等教育からわが国に導入された活動ですが、これからの時代においては、お互いの文化から学び合える相互交流が発展していくことが望まれます。東京に集い、本学会の新しいステージの始まりに、ぜひみなさまも立ち会っていただけたらと思います。
この場を借りて私からのメッセージをお届けするのは、今回で最後になります。これまで、みなさまからたくさんの温かい励ましの言葉をいただき、支えていただいてここまでやって来ることができました。役員一同を代表して改めて御礼を申し上げるとともに、今後も本学会の活動へのご支援と積極的なご参加をよろしくお願いいたします。